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東京地方裁判所 平成10年(ワ)6676号 判決

原告 岡田弘行

右訴訟代理人弁護士 桝井眞二

同 高柳幸一

被告 小俣明夫

右訴訟代理人弁護士 平沼高明

同 加々美光子

同 小西貞行

同 平沼直人

同 水谷裕美

主文

一  被告は原告に対し、金二三五万六八五〇円及びこれに対する平成八年四月五日から支払済みまで、年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金四五七万九〇五〇円及びこれに対する平成八年四月五日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実(証拠援用部分を除き、争いがない。)

1  原告は、進学教室及び学習塾の経営を主たる業務とする有限会社学光社(以下「学光社」という。)の取締役である。

2  被告は、小俣会計事務所を開設している税理士である。

3  学光社は、昭和六一年ころから平成八年二月ころまでの間、被告との間で税務顧問契約を締結し、右契約に基づき、被告は、学光社の記帳、決算及び税務申告等の業務を行ってきた。

4  原告は、平成六年ころから平成八年二月ころまでの間、学光社と被告との税務顧問契約に付随して、被告に対し、個人としての確定申告書の作成等の業務を依頼していたほか、各種の税務相談を依頼しており、原告と被告との間には、右期間について黙示の税務顧問契約が存在していた(以下「本件顧問契約」という。)。

ただし、原告から被告に対し、学光社との顧問契約とは別途の顧問報酬は支払われていなかった。(甲六、乙七、原告本人、被告本人)

5  原告は、昭和六一年四月一五日、自己の居住に供する目的で、左記の建物(以下「本件建物」という。)を代金二三八〇万円で購入した。(甲三、六、八)

(一棟の建物の表示)

所在 東大和市立野三丁目一二九三番地五六・一二九三番地五〇

建物の番号  エムシイエイチアルカスマンション東大和

建物の構造 鉄骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート造スレート葺八階建

床面積 一階 一二一〇・三九平方メートル

二階及び三階 一一五六・三九平方メートル

四階ないし八階 一一五七・一〇平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 立野三丁目一二九三番五六の一五

建物の番号  一一六号

種類 居宅

建物の構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 一階部分 六六・三八平方メートル

6  原告は、平成五年九月ころに本件建物から転居して本件建物が空室となったため、適当な契約条件であれば、本件建物を第三者に売却したいと考えていたこと、原告は、被告から、居住用財産を居住の用に供さなくなってから三年以内に売却した場合、三〇〇〇万円の限度で譲渡所得の特別控除の制度(租税特別措置法三五条)の適用を受けられる旨の説明を受けたこと、また被告から本件建物を売却するまでの間従業員の社宅として利用してはどうかとのアドバイスを受けたことから、本件建物を学光社に売却して従業員の社宅とすることを考えた。

そして、原告は、平成七年四月一三日ころ、被告に電話をし、原告が本件建物を学光社に売却した場合にも、居住用資産についての譲渡所得の特別控除の適用を受けられるかどうかを尋ねたところ、被告から適用を受けられる旨の回答を受けた(以下「本件教示」という。)。(甲六、乙七、原告本人、被告本人)。

7  原告は、被告からの本件教示を信用して(甲六、原告本人)、平成七年四月二六日、学光社に対し、本件建物を代金三七八〇万円で売却した(以下「本件売買契約」という。)。

8  ところが、本件売買契約は同族会社に対する売却にあたるため、租税特別措置法施行令二三条による同法施行令二〇条の三第一項の準用により、同法三五条の特別控除の適用が排除され、原告は、本件売買契約について、居住用資産の譲渡所得の特別控除の適用を受けられなかった。

その結果、原告は、本件売買契約による譲渡所得税として三四八万六〇〇〇円及び地方税として一〇九万三〇五〇円の合計四五七万九〇五〇円を課税された(以下、右課税合計額を「本件課税額」という。)。(甲二、乙六、弁論の全趣旨)

9  被告が、本件教示において、被告に対し誤った教示をしたのは、被告が当時、居住用資産の譲渡所得の特別控除が同族会社への譲渡の場合には適用されないことを知らなかったためである。(乙七)

二  原告の主張

1  被告の責任原因

被告は、税理士を業とするものであり、原告との間で税務相談を内容とする本件顧問契約を締結していたのであるから、原告から税務相談を受けた場合には、原告に不測の納税義務が課されないようにする契約上の注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、原告に対して誤った本件教示をした。

したがって、被告は原告に対し、本件顧問契約上の債務不履行に基づき、本件教示により原告の被った後記損害について賠償すべき義務を負う。

2  原告の損害

被告は、本件教示を信用して本件売買契約を締結した原告に対し、本件課税額相当の納税義務を負わせた。

原告は、本件課税額相当の納税義務が発生するのであれば、本件建物を学光社に売却することはなかったのであり、本件課税額相当額は被告の誤った本件教示と相当因果関係のある損害である。

3  支払いの催告

原告は、平成八年四月四日、被告に対し、本件課税額相当の損害金の支払いを請求した。

三  被告の主張

1  過失の不存在

被告は、本件教示の際、原告が本件建物を売却する場合の利益は一〇〇万円から二〇〇万円である旨答えたことから、利益が一〇〇万円から二〇〇万円であれば、長期譲渡所得の場合の一〇〇万円の特別控除に加えて不動産業者に支払う仲介手数料等の諸経費を差し引けば、譲渡所得は発生せず課税されることはないと考え、本件教示を行った。

しかし、実際には本件建物の売却価額と購入価額の差額は一四〇〇万円であったものである。

したがって、本件教示にあたり原告が説明した前提条件が異なる以上、被告に過失はない。

2  因果関係の不存在

(一) 本件建物が、本件教示の際に原告の説明した前提で売却されなかった以上、本件教示と原告主張の損害との間に相当因果関係はない。

(二) 被告は、本件売買契約が居住用資産の譲渡所得の特別控除の適用にならないことを確認した後、原告に対し、次善の策として、本件売買契約を錯誤無効で取り消すことを提案したが、原告はこの提案を受け入れなかった。原告が右提案を受け入れていれば、原告に本件課税額相当の納税義務は発生しなかったのであるから、原告の右提案拒絶により、本件教示と原告主張の損害との間の因果関係は切断されている。

因果関係が切断されないとしても、原告の右提案拒絶を過失相殺として考慮すべきである。

(三) 原告が、本件建物を学光社に売却したのは、本件建物を原告の希望価格で売りに出したものの、買手がつかなかったこと、及び、原告の経営する学光社に売却すれば原告の希望価格で買い取らせることができたことが主たる理由であり、本件教示がその主因ではない。

したがって、本件教示と原告の損害との間に因果関係はない。

3  損害の不発生

債務不履行による損害は、仮に不履行がなかったとしたならばあるべき利益状態と、不履行がなされた現在の利益状態との差額として把握される。本件の場合、仮に不履行がなかったとしたならばあるべき利益状態とは、本件建物を学光社以外の第三者に売却し、特別控除の対象となり、その後に一定の金員が原告の手元に残る状態であり、他方、現在の利益状態とは、本件建物を学光社に売却し、特別控除の対象とならず、本件課税額が課税され、その後に一定の金員が原告の手元に残る状態である。

そして、原告は、本件建物を原告の希望価格である三七八〇万円で売りに出したものの、売出価格が高すぎたために買手がつかなかったのであり、本件売買契約当時、本件建物を学光社以外の第三者に売却するためには、その売却希望価格を二九七四万円まで下げる必要があった。

したがって、仮に不履行がなかったとしたならばあるべき利益状態とは、本件建物を学光社以外の第三者に二九七四万円で売却し、特別控除の対象となり、その後に一定の金員が原告の手元に残る状態しか想定することはできず、この利益状態は、現在の利益状態と比較すると原告により不利益な状態であるから、原告は、本件教示によって損害を被ったとはいえない。

4  損益相殺

(一) 原告が本件建物を第三者に売却する場合、仲介業者に依頼するのが通常であり、現に原告も仲介業者との間で専任媒介契約を締結していたのであるから、右仲介業者を通じて本件建物を第三者に売却できた場合、右仲介業者に対して報酬を支払うべき義務が生ずる。ところが、原告は、本件建物を学光社に売却することによって右報酬額相当の経費の支出を免れた。

したがって、右報酬額(売却価額の三パーセントプラス六万円)相当額は、原告主張の損害額から控除されるべきである。

(二) 原告が、本件建物を学光社に売却した場合、学光社は、本件建物を社宅として法人税等の節税効果を図ることができるし、学光社が原告に対し借入金で売買代金を支払った場合、その支払利息の損金算入による法人税等の節税効果を図ることもできる。

また、学光社が本件建物を原告から購入した後、将来それを第三者に売却する場合、その分簿価が引き上げられているため、譲渡益は少なくなり学光社に対する課税金額が少なくなる等の利益を得る。学光社は原告がそのほとんどを出資する有限会社であるから、右節税効果による学光社の利益を、原告の損害を把握する際に考慮すべきである。

5  支払いの催告を受けた事実は認める。

第三当裁判所の判断

一  被告の責任原因について

1  前記前提となる事実によれば、被告は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする(税理士法一条)税理士を業とする者であり、原告との間で税務相談を内容とする本件顧問契約を締結していたのであるから、原告から税務相談を受けた場合には、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な内容を原告に教示すべき契約上の注意義務を負っていたというべきである。

しかし被告は、租税特別措置法及び同法施行令によって居住用資産の譲渡所得の特別控除が同族会社への譲渡の場合には適用されない旨定められているにもかかわらず、このことを知らずに、原告が本件建物を学光社に売却した場合にも右特別控除の適用を受けられる旨の誤った本件教示をした。これは、本件顧問契約上の注意義務に反する債務不履行に該当することは明らかである。

2  被告は、原告との間に顧問契約は存在しないと主張するが、顧問契約が存在しないならば、原告から相談を受けた際に、原告個人の相談は受けられない旨相談の受理を拒否すれば足りるのであって、右相談に応じたこと自体本件顧問契約の存在を裏づける事情といえる。

また、被告が、原告から、学光社との顧問契約とは別途の顧問報酬を受け取っていなかったことは前記のとおりであるが、原告からの本件相談内容は、租税特別措置法三五条一項本文に規定されている基本的事項に関するものであって、税理士としては初歩的知識というべく、その教示を誤ったという行為は、たとえ無償の顧問契約であったとしても、契約上の義務に反する重大な過失といわなければならない。

3  被告は、本件教示の際、原告は本件建物を売却する場合の利益は一〇〇万円から二〇〇万円である旨答えたと主張し、被告本人もその旨供述するが、右供述は、原告本人の供述内容に照らして採用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

4  したがって、被告は原告に対し、本件顧問契約上の債務不履行に基づき、本件教示と相当因果関係のある原告の損害について、これを賠償すべき義務を負うというべきである。

二  原告の損害について

1  因果関係について

(一) 被告は、原告に対し、次善の策として本件売買契約を錯誤無効で取り消すことを提案したと主張するが、被告本人は、本件売買契約が居住用資産の譲渡所得の特別控除の適用にならないことを確認した後、原告に対し、大きなミスをしたので委任契約は今日限りで解消する旨を述べるとともに、本件売買契約を錯誤無効で取り消すことができるかどうか次の先生によく検討してもらって下さいと述べて帰ってきたと供述するのみである。

右供述内容では、原告に次善の策を具体的に提示したとは到底いえず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 被告は、原告が本件建物を学光社に売却したのは、本件教示がその主因ではないと主張する。

証拠(甲六、乙二の一)によれば、確かに、原告は、平成六年二月に売却希望価格四一八〇万円で本件建物を売りに出したが、買手がつかなかったこと、そのため原告は、売却希望価格を三七八〇万円まで値下げして仲介業者を通じて買い手を探させたものの、本件売買契約までに右希望価格による買い手は現れなかったことが認められる。

しかし、他方、原告が、本件建物の学光社への売却を検討した際に最も気になっていたのは居住用資産の譲渡所得の特別控除が適用されるかどうかであったこと(甲六、原告本人)、平成七年三月ころ、濱澤一が本件建物を三六八〇万円で購入したい旨を申し込んできたこと(甲五)が認められ、これらの事実に照らすと、被告が原告に対し本件売買契約に右特別控除は適用されない旨を正確に教示していれば、原告は本件売買契約を締結しなかった可能性が強かったと推認できる。

したがって、本件教示がなければ本件売買契約も存在しなかったという条件関係は優にこれを認定できるというべきである。

(三) 因果関係の不存在に関する被告のその余の主張は、前記一の3の説示に照らし採用の余地はない。

2  損害の不発生の主張について

(一) 被告は、原告は、本件建物を原告の希望価格である三七八〇万円で売りに出したものの、売出価格が高すぎたために買手がつかなかったのであり、本件売買契約当時、本件建物を学光社以外の第三者に売却するためには、その売却希望価格を二九七四万円まで下げる必要があったと主張する。

しかし、前記二の1(二)に認定した事実、証拠(甲五、六、九ないし一一、証人河野弘至、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件売買契約当時マンションの時価額は全体として低下傾向にあったものの、学光社に対して本件売買契約代金を融資した青梅信用金庫は、本件売買契約当時の本件建物の時価額を三七八〇万円と評価していたこと、本件建物と同じアルカスマンション東大和内の区分所有建物の売買事例では、平成六年一〇月の時点で坪単価一七六万円で仲介がなされていた(ただし、売買は未成立)ほか、同年一一月の時点において坪単価一七二万円で売買が成立した事例があったこと(本件建物の専有面積七〇・七六平方メートルでの評価額に直すと、約三六八八万円となる。)、平成七年三月ころ、アルカスマンション東大和の七階に住む濱澤一が本件建物の仲介広告を見て本件建物を三六八〇万円で購入したい旨を申し込んできたことが認められ、これらの事情に照らすと、本件建物の本件売買契約当時の評価額は三六八〇万円を下ることはなく、同額で第三者に売却できる可能性も十分にあったと推認できる。右認定に反する乙三の記載内容は前掲各証拠に照らして採用することができない。

(二) したがって、仮に被告の不履行がなかったとしたならば想定可能な原告のあるべき利益状態は、本件建物を学光社以外の第三者に三六八〇万円で売却し、特別控除の対象となり、その後に一定の金員が原告の手元に残る状態ということになり、この利益状態は、原告の現在の利益状態と比較すると、原告にとって本件課税額四五七万九〇五〇円から一〇〇万円(本件建物の売却可能額の減額分相当額)を控除した三五七万九〇五〇円利益な状態であるから、原告は、本件教示によって右金額相当の損害を被ったというべきである。

(三) ところで、原告は、本件売買契約当時本件建物を第三者に売却する目的で仲介業者である三井不動産販売株式会社(以下「三井不動産販売」という。)との間で専任媒介契約を締結していたこと、三井不動産販売を通じて本件建物を第三者に売却できた場合、その報酬額は売却価額の三パーセントプラス六万円と合意されていたこと、濱澤一が本件建物の購入申込みをしてきたのも三井不動産販売の広告を見たためであることが認められる(甲五、乙二)から、本件建物を三六八〇万円で第三者に売却できたとしても、三井不動産販売に対して右約定による報酬を支払うべき義務が生じたものと推認され、その金額は一二二万二二〇〇円(三六八〇万円×〇・〇三+六万円+消費税)と認められる。

そして、原告は、本件建物を学光社に売却することによって右報酬額相当の経費の支出を免れたのであるから、右金額は原告の損害額から控除するのが相当である。

したがって、原告の損害額は二三五万六八五〇円となる。

(四) なお、被告は、原告が本件建物を学光社に売却したことによる学光社の節税効果等を、原告自身の損害算定にあたって考慮すべきと主張するが、学光社は原告とは別個の法人であるから、右法人格を否認すべき特段の事情のない限り、学光社の受ける利益を原告の受けた損害算定にあたって考慮することはできない。

そして、被告からは右特段の事情について何らの主張立証もないから、被告の右主張は採用しない。

3  損害の請求

(一) 原告が、平成八年四月四日、被告に対し、本件課税額相当の損害金の支払いを請求したことは当事者間に争いがない。

(二) したがって、原告の請求は、二三五万六八五〇円及びこれに対する請求の日の翌日である平成八年四月五日から支払済みまで民法所定年五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

三  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は主文の限度で理由があるからこれを認容するが、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 潮見直之)

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